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CS-Column no.14
『大学バスケ界不動のNo.1シューター 〜努力の天才が歩んだ道のり〜 〈後半〉』

カテゴリ:青山学院大学バスケットボール部


― 2010年度 全日本学生バスケットボール選手権大会 優秀選手賞

― 2011年度 関東大学バスケットボール選手権大会 最優秀選手賞

― 2011年度 関東大学バスケットボール選手権大会 3Pランキング1位

輝かしい経歴を持つ青山学院大学バスケットボール部辻直人選手。その裏には人知れず努力をする姿があった。大学バスケNo1シューター辻の人生に迫ったーー

 

小学5年生でバスケットボールを始めてから約10年が経った。


中学では
学校史上初めて府大会で優勝、
大阪府代表へのメンバー入り。


高校では
バスケットボールの名門洛南高校へ入学、
2年次からレギュラー定着、


最終学年でウィンターカップ優勝。



ここまで輝かしい成績を収めてきた辻であったが
大学入学後初めて「苦悩」を味わうこととなる。



〜青山学院大学へ〜



高校で多くの結果を残した辻。
高校入学時とは違い、
名門と呼ばれる複数の大学からスポーツ推薦のオファーがかかっていた。

そんな中、最後に辻が選んだのは青山学院大学。





「色々な大学を見たんですけど、
 どこの大学も『この人と一緒にプレーしてみたい』と思う人が
 何人かに限られていたんです。


 それに比べて青学は
竜馬さん(橋本竜馬選手)だとかアレクさん(湊谷安玲久司朱選手)だとか、
昔から知っていて一緒にプレーしてみたいと思っていた選手がたくさんいました。
純也さん(小林純也選手)とか渡邊さん(渡邊裕規選手)とかも
一緒にやってみたいと思っていました。」





辻の中で「一緒にやりたい」と思える先輩がたくさんいたことが
青山学院大学への入学を決めた1番の理由だった。




「いやー、初めはほんまに(大学選び)ミスったと思いました。(笑)」

今はこう笑って話してくれたが、
彼の中で、
大学入学後の1年は苦悩の連続であったという。




青山学院大学バスケットボール部は
当時から大学バスケ界を引っ張る存在として不動の地位を築いていた。

当然ながら、練習も厳しい。 

名将長谷川健志監督が指示する
日々の練習メニューは

「大学バスケ界の中で1番きつい」と噂される程のものである。



 

体格も、高校生とはまるで違い、一回りも二回りも大きくならなければならなかった。
少数精鋭という青山学院の選手として活躍できる体を作るために過酷なトレーニングを行っていった。



辻自身、体作りに関しては
1、2年次の努力が大きく今後の結果に左右すると考え
特に集中して取り組んだ。



しかし、辻が「苦悩を味わった」というのは
このように練習が格段とレベルアップし、
肉体的に大変だったからということではない。



辻をなにより苦しめたのは、
東京に出てきたことによる「環境の変化」であった。

 

〜初めて味わう苦悩〜



初めて親元を離れての一人暮らし。
慣れない東京の雑踏。


さらに、洛南高校での居心地が良すぎた反動からか
入学した初めの頃は
大学自体になかなか馴染めなかった。


会う友達はいつも、
同じように東京に出てきている洛南高校の仲間。


意外なことに人見知りな面があるという辻は
打ち解けられる友達を
なかなか作ることが出来なかった。




「その時がもうなにもかもうまくいかなくて、
 ほんまにどん底を味わいました…。」



 

1年次、トーナメントのある試合で
スターティングメンバーで出場した時のこと。

開始たった2分、
辻はベンチに下ろされた。

点差が十分離れ、
再び出場の機会を与えられるかと思っていたが
長谷川監督が辻をコートに戻すことはなかった。

「それなら(スタメンで)出さんといてくれよって…思いましたよね。」



環境の変化はプレーにも大きく影響し
思うようなプレーが出来なくなっていた。




〜0からのスタート〜



毎日の苦悩の中、
もがいてもがいて辻が出した答えは
「0からスタート」することであった。



中学高校で行ってきた自主練習を
再び大学でも開始し

体作りにも一層力を入れた。




トレーニング設備が充実した
青山学院大学の施設を利用し、

まだまだ足りなかった筋持久力の強化や
当たりに強い体作りを目指し、
日々のトレーニングにいそしんだ。



当時のトレーニングパートナーは
同期の織田秀司選手。

共に励まし合いながら、
トレーニングメニューを真摯にこなし、
信頼関係も築いていった。




また、当時から注目度が高かった辻。

いくつかのメディアにも取り上げられ
「期待のルーキー」としてもてはやされていたが
そのような取材も一切断るようにしていた。



こうしてバスケだけに集中する環境を自ら設定していった。



 

「底辺に落ちてたのを周りに支えられて…
 なんとかよくなっていきました。」



練習以外の面では
家に帰って両親に電話をしたり、
友達に会って話したり。

昔からのミニバス仲間にも電話をして
悩みを聞いてもらったり、くだらない話もした。



こうしてだんだんと辻らしさを取り戻していくうちに
気がつけばいつのまにか調子は戻っていき、

インカレの頃には
試合に出場し、点も取れるようになっていった。



自ら「原点に戻る」ことを意識した辻。

0からバスケに向き合い努力を重ねることで
辻は本来の力を再び発揮出来るようになったのである。




〜メンタル面の課題〜



大学バスケに慣れ
試合でもコンスタントに点を取れるようになってきた辻であったが

未だに辻が懸念しているのは
自らのメンタルについてだった。




「俺、ガツガツいけるほうじゃないんですよ。」



いつも勝ち気でプレーしているのかと思いきや、
辻は意外な一面を話してくれた。



「自分ガツガツしていないし、
 1年の頃も『なんで俺スタメンやねん』とか考えちゃって。」



辻は人一倍周りに気を遣う性格。


練習中、
先輩がいると「これはパスを渡した方が良いのか?」と考え、
一方後輩の前では「ここは打たせてあげようかな…」と思いながらプレーをしていたという。

そうやってシュートを打てるボールを
パスに回してしまうこともしばしば。