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CS-Column no.163
筑波蹴球の中核を担う二人 不老祐介主将&谷口彰悟

カテゴリ:筑波大学サッカー部


 

前期を終えて5勝1分け5敗。完全なるイーブンの成績で後期へと折り返した筑波大学。当初の勢いに陰りがかかった時期もあったが、アミノバイタルカップで準優勝という成績を納めたこともあり、徐々に調子を取り戻しつつある。今季、その筑波を率いる主将の不老と昨年度からチームの中盤の底を担っている大型ボランチ、谷口の両選手に話を聞いた。

 


 

ーまずは前半戦を振り返ってみて、いかがでしょう。

不老最初は3連勝して良い感じでいってたのだけど、風間監督が辞めてそこからチームが良くなくなって、自分達のサッカーを見失っている部分があった。でも大臣杯の予選で決勝まで行けたこともあって、少しづつ自信は取り戻しつつあります。
谷口出だしがよかっただけに、途中なかなか成績が出なかったのはもったいないというか、悔しい思いはあるんですけど、自分達のサッカーが勝てないとか思っているわけではないし、自分達のサッカーには自信を持っているので。それを続けて勝つというのが一番重要なのかな。(風間監督が辞めたのは)大きかったですね。正直、影響がなかったとは言えないです。

 

ーやはり、風間監督から得たものは大きかったと思います。

不老)やっぱり技術の部分です。風間監督のもとで教わったということで、自分が入ったときよりも伸びたのかなと。まあ、まだまだですけど…。それと、技術だけじゃなくて、精神的なところでもサッカーに対して本気で取り組むという、本気で向かい合うということを学べたことが一番大きかったです。
谷口)練習から本気で取り組むということです。そこで養った自分の技術で試合を戦っていくという。その技術の大切さというのは一番学んだところじゃないかなと思います。

 

ー前期の中で一番印象に残っている試合はどことの試合でしょうか

谷口)僕は、中央戦ですかね。あのときは1人1人がしっかりとボールを持って相手を崩して点を取ることができて。やっててとても楽しかったですし、ああいうサッカーをどんどん出来ればいいな、と思えた試合ですね。
不老)早稲田戦です。風間さんがやめた後でした。内容はそんなにいいものではなかったんですけど、気持ちの部分では相手を上回れて、そういう部分が勝敗を決した試合だった。そういった部分を学べた試合だったと思います。

 

 

[谷口]相手にとって嫌だと思われる選手になりたい。

 

ーリーグ内で仲が良い選手や、色んな面で印象に残っている選手などは?

不老)早稲田の畑尾くんとは仲が良いです。2年の選抜のときに一緒だったので、それで仲良くしてました。たまに連絡もとってます。広島Yで同世代で今も同じ舞台でやっている人は少なくて。下だと茶島(東学大)、(中山)雄登(流経大)とかですね。2人とも高校の時からああいったプレースタイルでやってて。その良さを変えずに大学でもやれている感じで、すごく頑張ってると思います。
谷口)専修の選手たちとは仲良いです。試合で対戦してても嫌な選手ですし、(仲川)テルと、(長澤)和輝と(下田)北斗。あと栗山(直樹)くんもですね。彼らは本当にやっていて嫌ですね。あとはチャジ(茶島)はやってて嫌だと感じる選手。敵が嫌だと思うことをわかっていて、それをやってくる。自分もそんな風に思われる選手になりたいなと思っています。

 

 

ーライバル視している選手などはいるのでしょうか?

谷口)難しいですね・・・。
不老)どうだろう。…相手に関して言うと、筑波全体で言うと選手達は周りどうこうと言うよりは、自分達のことに重点を置いているので、相手よりもチーム内のことを意識しています。そういうこともあって、ちょっと難しいですね。

 

ーでは、チーム内で推したい選手は。

谷口)後輩になるんですけど、車屋はこの、強烈な先輩たちの中で黙々と頑張っているなとは感じますね(笑)
不老)1,2年ではないですけど、3年の玉城(峻吾 3年・三菱養和Y)ですね。小さいんですけど、2年の途中から試合に出るようになって、技術が高いので、筑波にあったプレースタイルというか、アイツがボールに沢山触っていいパスを出せるとチームの攻撃もよくなります。

 

ルーツを探る

 

ー不老選手は広島Yというこですが、、出身も広島なのでしょうか。

不老)僕は長崎です。高校から広島ですね。中3のときに代表合宿に呼ばれたんですけど、そのときに広島から声がかかったのでそれに従ったという感じです。
谷口)僕は生まれも育ちも熊本です。2人とも九州ですね。

 

ー2人がサッカーを始めたきっかけを教えて頂きたいです。

不老)通っていた幼稚園が女子高と隣接してて、芝生のグラウンドだったんですよ。でも女子高なのでグラウンドでの部活がなくて。それでみんなでサッカーやってて楽しかったので、小学校入ってから本格的に始めました。
谷口)僕も幼稚園のときですね。幼稚園が体育幼稚園で。運動ばかりやってたんですよ。それで幼稚園のサッカーチームに入ってて、大会とかにも出て優勝とかしてたので、それがきっかけですね。サッカーの楽しさをそこで知りました。

 

ーそこからサッカーを続けていった訳ですが、数ある大学の中で筑波に来た経緯は

不老)僕はけっこう単純な理由で。私立よりも国立の方がお金がかからないと。それで国立で探して筑波か学芸という感じだったんです。それで筑波は1部だったので。それと広島時代のスタッフの方々が筑波OBの人が多くて、それもあって筑波に行こうと決めました。
谷口)僕も、大津の監督だった先生が筑波のOBで。筑波大学は国立で、しかも関東一部でやっていると。そういうところに加えて、風間さんが監督をやっているということもあって魅力を感じて筑波に決めました。高校卒業時にプロの誘いはあったんですけど、自分の中で筑波に行きたいという思いが固まっていたので、筑波に来ました。