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CS-Column no.185
あの夏の記憶 崎田聖羅(立正大淞南ー立正大学)&水原浩登(関西ー立正大学)

カテゴリ:立正大学野球部


 8月8日から始まった第94回全国高校野球選手権大会。高校球児の夢舞台である阪神甲子園球場で今年も熱いドラマが展開されている。そして夢舞台の経験を糧に様々なフィールドへ旅立っていく球児たち。  
 このコーナーでは活躍の場を大学野球に移した元甲子園球児たちに「あの夏」を振り返ってもらうとともに、現在の目標を語ってもらう。

 第1回目となる今回は3年前の第91回大会で新型インフルエンザに選手が次々とかかり、最終的に13人のみのメンバーとなりながらも、初出場の立正大淞南高校をベスト8に導いたエース崎田聖羅(立正大学3年)と、昨年(第93回大会)関西高校のエースとしてチームをベスト4に導き、プロ入りも期待された水原浩登(立正大学1年)の「あの夏の記憶」。

手前崎田、奥水原

崎田聖羅〔さきた・みら〕写真手前
立正大淞南(島根)ー立正大学(3年)。投手。177cm78kg。

水原浩登〔みずはら・ひろと〕写真奥
関西(岡山)ー立正大学(1年)。投手。178cm77kg。

 

チームを襲ったインフルエンザ渦

甲子園球場の印象はいかかがでしたか?ー

崎田:すごい大きいなあと思いました。

水原:最初はすごいところだなあな思ったんですが、3回目の出場だった去年の夏は練習試合みたいな感じでした。


開会式で誰かと写真を撮ったりしたんですか?—

崎田:写真は撮らなかったですが、PL学園の井上と天理の原田が大学で一緒になることが決まっていたので「大学どうなん?」みたいな話はしました。

水原:僕は九州国際大学附属の高城(現DeNA)とか開星の白根(現ソフトバンク)とかと仲良かったんで、写真撮ったりしました。

 

甲子園期間中にどこか行ったりしましたか?—

崎田:自分たちは インフルエンザもあったんで、ほとんど監禁状態でした。ホテルと練習場の往復でしたね。

水原:僕らはよしもとの劇場に部員みんなで行きました。初戦の2日前ぐらいに。


リラックスしようという意図ですかね?—

水原:そう思ってたんですけど、午後に練習があって疲れました(笑)。


崎田選手の立正大淞南はインフルエンザで大変だったと思います。ー

崎田:そんな不安は無かったですけど、1人1人ダウンしていったので、「大丈夫かな?」とか、人数が少ないとそっちに目がいっちゃうので、試合に集中するまでに時間はかかりました。それをまとめるのは大変でしたね。2回戦で2人、その後3、4人と増えてしまいました。インフルエンザのこともあって、当時のことを覚えてくれている人が多いんだと思います。


恩師の方への想いも込めた大会だったんですよね。—

崎田:僕らを島根に誘ってくれた田中監督が1年生の秋に突然亡くなられて、受け入れるのには時間がかかりました。でもそれから立ち直った時に「自分たちをここに集めてくれた人のためにも、甲子園でプレーしているところを見せたい」という気持ちになれましたね。甲子園のために1人で島根に来たような人だったので、気持ちも熱いし、監督としても人としても素晴らしい方でした。


水原選手はエースナンバーをつけていましたが、堅田選手(現法政大学)が投げて、ショートを守ることもありましたよね。—

水原:堅田が投げて僕がショートやってる時は、嫌な気持ちは無かったんですが、「早く打たれて俺に代われ」というような気持ちがセンバツまでは正直ありました(笑)。堅田とはずっとライバルで負けたくなかったし、自分が早く投げたかったんで。でも夏からは、自分がエースナンバーを背負いましたし、僕が投げていない時でも堅田に「頑張ってくれ」という気持ちになりましたね。  


心境が変化したきっかけは何だったんですか?ー

水原:夏は暑くて、疲れがどんどん溜まっていったので、勝ち進むにつれて助け合おうという気持ちが自然と生まれましたね。

 

当時の仲間とはいまだに連絡を取っていたりしますか?—

崎田:この夏母校が甲子園に出たので、その情報を取り合ったりしましたね。関西の大学行ってるやつが試合を観に行っていたので、結果を教えてもらったりしていました。やっぱり母校の活躍は刺激になりますね。「負けてられないな」と。

水原:僕は今でも東京で遊んだりしてますね。六大学行った堅田とか小倉(現明治大学)とか。

 

甲子園の土って実は・・・

甲子園の土はどうされたんですか?—

崎田:自分が1番びっくりしたのは、甲子園の土ってみんなこう必死に掻き集めてますけど、あれ地盤の上にうっすらしか土が無いんです。ああだからみんな、必死に集めてたんだなと(笑)。持って帰った後は小瓶に分けて、お世話になった人たちに渡し、残りは実家にありますね。

水原:自分は持って帰らない方がカッコいいかなと思って、持って帰るつもりはなかったんです。あとで自分が土を集めてる様子が新聞や雑誌に載ったりしたら嫌だなと(笑)。 でも最後、試合終わったら、多くの仲間が土を集めてて、自分も「いやー、甲子園の土欲しいな」って思い始めたんです。それで取ろうかと思ったんですけど、肩のアイシングし終わって取りに行こうとしたらともうみんな整列してて、 取れなかったです(笑)

 崎田写真

昨秋、多くの登板機会を得た崎田だが、今春は肩の違和感もあり登板無しに終わり、秋に再起を賭ける。

めっちゃモテました(笑)

甲子園終わってからの反響はいかがでしたか?—

崎田:地元帰った(神奈川)時に「おめでとう」と結構言われましたし、夏休み終わって島根に戻ってからも、島根の人に「おめでとう」って言われました。

水原:僕の学校は男子校だったんで、校内ではあんまりそういうのはなかったです(笑)でも知らない人に声かけられたり、「関西の水原さんですか?」と写真をお願いされたりはありましたね。

崎田:自分の目の前にいきなり車が止まって、お母さんぐらいの歳の人が「息子がファンなんで写真撮ってもらっていいですか」ってことがありました。夏の大会終わってから急にですね。


そういうのが嫌だったりはしなかったですか?—

崎田:嫌ではないんですが、私生活でも気を使うようになりましたね。

水原:僕は芸能人になった気分になれたので、嬉しかったです(笑)


甲子園出るとモテたりするんですか?—

崎田:僕はあんまり実感ないです。人見知りで、知らない人に声かけられても「すみません」って言っちゃう方なので。チヤホヤされるの好きじゃなかったですね。

水原:僕は全然チヤホヤされていいですよ。自分めっちゃモテました(笑)。 僕通学が電車で、夏の甲子園前までは車内でずっと寝てたんです。けど、甲子園終わってからはわざわざ立って、みんなに関西のカバンが見えるように背負ってました。そしたら車内がざわめくんですよ、「あれ関西の水原じゃない?」って。そこからめっちゃチヤホヤされて、それを楽しんでましたね(笑)

水原写真

1年春から多くの登板機会を得たが1勝2敗に終わった水原。現在の目標は日本ハムの武田久。

ガムシャラでは通用しない大学野球

立正大学進学の経緯はどういった感じでしたか?—

水原:ドラフトで指名するという話をある球団の方から聞いていたので、すべての大学の誘いを断っていたのですが、指名されなくて。そしたら関西高校のの先輩で立正に行っていた緑川さん(現3年)に誘っていただいて、それで立正に来ました。


気持ちの切り替えはすぐにできたのですか?—

水原:いえ、指名されなかった日から1週間はグローブも見たくないほど落ち込んでいました。どの大学でも野球しないと思ってたんですけど、野球してた兄ちゃんから「このままじゃダメだろ。大学行って頑張れ。」と言われたので、それで今も頑張ることができています。

崎田:僕は夏の大会前に決まっていました。金銭的にも親に迷惑がかからないところで、かつレベルの高いところを希望していたところ、立正からいいお話をいただいたので立正に来ました。最初は1部最下位のチームは嫌だなと思って、関西の大学でもいいからどこか無いかなと思っていたのですが、秋に立正が日本一になったら、今度は余計なプレッシャーが出て、やっていけるのか不安でしたね。 東都大学野球リーグは春最下位の大学が秋優勝して日本一になるような、レベルの高い厳しいリーグだということも改めて感じたので。


大学に入ってからはいかがですか?ー

崎田:大学ってわりと自由なイメージで、試合の時だけきっちりやるイメージだったんですけど、練習でも厳しく選手同士で言い合いをしてたりとか、雑用も大変でイメージと真逆でした。だから辞めたい時もあったんですが、「自分が望んで厳しいところところに来たんだから、勝ち取らなきゃな」という気持ちでした。あとは1つ1つのレベルが違いましたね、ワンランク上のレベルでした。高校は力と力の勝負ができたんですが、大学ではその相手の力をかわす技術もないと勝てないですね。ガムシャラにやるだけではなく、しっかり野球を理解しなければ勝てない世界ですね。

水原:1年生の間は辛いです。でも1年生から試合に投げさせてもらってるんで、ボール磨きとかグラウンド整備とか、練習前にボールが落ちてないとか、1年生の中でも僕がそういった仕事をしっかり率先して行い、背中で示すようにしています。ちゃんとやってないと、それなりの罰もありますし・・・(笑)


おふたりは仲がいいんですか?—

水原:崎田さんは高校が同じ中国地方だったので、入学した時からかわいがってもらっています。

崎田:1回試合もしたことあるんですよ。僕らがボコボコにされたんですけど(笑)。そういう話で仲良くなったりしました。水原は結構おちゃらけキャラなので、先輩の懐に入ってくる上手さがあるというか、怒りきれないかわいさがあるんで、みんなかわいがってますよ。

水原:そうですね(笑)

神宮球場で投げたい

崎田:春のリーグ入る前から肩に違和感があって本調子ではなかったので、「秋に間に合えばいい」という判断で投げなかったんですが、いつでも準備はしていました。その分今はそれを取り返し、春投げたやつと同じスタートラインに立てるように調整しています。 秋に賭ける気持ちは強いですね。自分が投げてチームを勝たせてあげたいとか、1部に上げたいという気持ちが強いです。 また、3年生でチームの上に立っていかなきゃいけない存在なので、自分たちがしっかりして水原たち下級生を支えてあげなければなと思います。 あとはやっぱり神宮球場で投げたいですね。せっかく東都にいるなら神宮球場で投げたいですよ。

水原:春までは木のバットの選手に打たれるわけは無いと思ってたんですが、高校と違って甘い球を見逃してくれませんでした。春は高校の時と同じようにガムシャラに投げたのですが、それでは全然通用せず、自分のせいで負けた試合も多かったので、今はコントロールと変化球の精度を上げて、疲れない肩のスタミナをつける練習をしたので、秋にはしっかり活躍したいです。

 

 高校野球の聖地・甲子園を目指し厳しい練習を積んだ彼らの次なる目標は大学野球の聖地・神宮球場。崎田は故障を乗り越え、水原はドラフト指名漏れを乗り越え、栄光の舞台で再び光り輝くことを目指す。「あの夏の記憶」のように。

 

2人の力投でチームを2010年春以来の1部復帰へ導けるか

 

取材協力:立正大学硬式野球部
撮影:小沼和希、高木遊 

あの夏の記憶

あの夏の記憶 崎田聖羅(立正大淞南ー立正大学)&水原浩登(関西ー立正大学)

あの夏の記憶 福島由登(大阪桐蔭ー青山学院大学)

あの夏の記憶 猿川拓朗(花巻東ー東海大学)&芳賀智哉(聖光学院ー東海大学)

あの夏の記憶 原樹理&後藤田将矢(東洋大姫路ー東洋大学)

あの夏の記憶 千葉祐輔(花巻東ー国士舘大学)

あの夏の記憶 飯野徹也(作新学院ー拓殖大学)

【writer】

高木 遊

【プロフィール】

1988年東京都生まれ。

東洋大学社会学部卒。

○趣味:スポーツ観戦、ラーメンを食べること、お笑い観賞

○好きなスポーツ:ほぼすべて。

○好きなスポーツチーム:オリックスバファローズ、日光アイスバックス、福岡サニックスブルース・・・など

○過去執筆原稿:東洋大学アイススケート部ホッケー部門 有終の美へ 東都大学野球2012春展望 など

○過去制作動画:國學院大学硬式野球部2012春 チーム紹介動画『いざ下克上』 アイスホッケー関東大学選手権決勝2012ハイライト など

○twitter:@you_the_ballad



カテゴリ:立正大学 野球部

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