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CS-Column no.7
東海大学バスケットボール部満原優樹選手特集『上を目指し続けて〜仲間あってのバスケ〜』

カテゴリ:東海大学バスケットボール部


今年2010年、バスケットボール男子の日本代表には、20代後半の選手が揃う中大学3年生という最年少の198cm高身長プレーヤーがいた。東海大学の満原優樹選手である。「試合では緊張したことがない」という強心臓の持ち主の過去と現在に迫った――

 

バスケットとの出会い

満原とボールとの出会いは本人の記憶にもない幼少時代だった。 2つ上の兄は友達と砂場で遊んでいても、満原はボールを渡されれば、一人で蹴ったり投げたりすることに夢中だった。 バスケを始めたのは、5歳の幼稚園生の時。水泳を3歳から始めていた満原だったが、当時小学2年生の兄が友達からミニバスケに誘われ、満原も親と一緒についていった。 すぐにバスケの虜になった満原は、兄が入ると同時に、ミニバスケチームに入った。 小学生になるまでミニバスケの試合には出られなかったが、負けず嫌いの満原は“試合には出られなくても、始めた時から未だ一度も”兄に負けている、自分の方が弱いと”思ったことはないと言う。


水泳とバスケのどちらかに絞りたいという気持ちがありながらも、暫くはこの2つを続けていた満原だったが、小学校3年の中学受験を考え始めたことを期に水泳はやめた。 小学生の高学年の頃には、「バスケ選手になりたい」と言う夢を持っていた。満原は、昔から今までずっとバスケのテクニック本や参考本を読んだ事がない。彼のお手本となったのは試合での選手達のプレーだった。 バスケとは無縁の料理人の父は175cmと高身長の家庭に生まれたわけではない満原だが、幸い、小さい頃から身長は常に伸び続けた。

満原が頭角を現したのは中学からだ。東海大学付属相模中学校に在学中、全国中学校バスケットボール大会に出場し、全国3位になった。個人としてはジュニアオールスターという大会で、県代表には選ばれた。

その後、バスケの名門、スラムダンクの高校モデルともなった、能代工業高校に入学する。 熾烈なレギュラー争いの中、1年生の頃からレギュラーとして活躍していた満原。秋田で寮生活をしながら、毎日厳しい練習に励んだ。本当に辛い練習だったが、覚悟の上の親元を離れての入学であり、同じ気持ちで臨んでいる、同じ境遇の仲間がいたから乗り越えることができた。


しかし、最後の大会はあまりにも残酷な結果が待っていた。 高校3年次、インターハイ・国民体育大会で2冠を達成し、全国高校バスケット選抜優勝大会で9年ぶりの3冠を狙って臨んだ前回優勝の洛南(京都)との試合。満原は第2クォーターで右足首をねん挫してベンチへ。途中でコートには戻ったものの、結果は洛南102-72能代工と3位に終わった。 満原は当時のインタビューで「僕のせいです。悔しい」と自らを責めている。

最後の試合の悔しい思いを胸に、2008年東海大学に入学する。

 

もう1つの“ファミリー” シーガルス

 

東海大学バスケットボール部シーガルスに入った満原は衝撃を受ける。部員の誰が、どの学年なのかわからないのだ。みんながタメ語だった。それが陸川監督の作り出す、シーガルスのスタイルだった。 

かつては日本代表としても注目を浴びた陸川監督の指導方法は普段の練習から、選手や学生スタッフに課題を問いかけ、当人達に任せる。また、試合の時は誰よりも先頭にたってチームを盛り上げる。今まで監督が第一で、監督に言われたことをひたすらやる練習をしてきていた満原は当初戸惑いを覚えたそうだ。 心が広く、誰に対しても平等に接し、学生との距離を作らない陸川監督は、まるでみんなを引っ張ってくれる父親的な存在。そんな陸川監督を選手も学生スタッフも「監督」と呼ぶことはない。親しみをこめて「陸さん、コーチ」と呼ぶ。 陸川監督が自然と作り出すシーガルスの雰囲気によって満原は「自分で考えるバスケ」を学んだ。 






チームの雰囲気にもすっかり慣れた1年の冬、満原は最も大きな怪我を経験する。 大学でも1年からレギュラーメンバーとして試合にでていた満原は、4年生との試合に出る最後のインカレに向けて、練習試合を重ねていた。これまでの試合の経験を通してコミュニケーションもとれ、チームワークの良さも感じていた。怪我はインカレ大会前直前の、筑波大学との練習試合で起きた。試合終了1分前、飛んできたボールを受け取り、体を反りながらレイアップシュートを打った。着地後違和感を覚え、試合後すぐに病院へ向かった。半月板損傷だった。手術をしても、試合には出られる状況ではなかった。

長期間にわたる満原のリハビリ生活が始まる。手術後、まずは足を曲げる練習から始まった。可動域を広くさせる練習だ。次に、チューブやゴムを使った動きで筋肉をつけるリハビリ。徐々に自転車をこぐ練習、ゆっくり走る練習。そして最後にバスケの動きの動作を取り入れ始めた。 これらリハビリを通して完全復帰するまでに約半年かかった。 インカレの試合に出られなかったことに大きなショックを受けたが、次の試合のトーナメントは5月から。大きな試合のない4ヶ月間を前向きに考え、復帰のためのリハビリに集中して取り組むことができた。満原は4月に復帰を果たし現役選手として帰り座した。

 

チームへの思い

 

大学2年までは自分のことで精一杯だった満原だったが、3年になってからチームのことをより考えられるようになったと語る。 この変化を、マネージャーを務める学生スタッフ3年の今村も感じ取っていた。 満原だけでなく、3年生になると、今までは声を出すことがなかった選手が、チームを思い盛り上げていこうと声を出すようになる。このようなチーム内の変化を目にする瞬間が今村も嬉しいという。この変化こそが、陸川監督がめざす、チーム誕生の瞬間なのかもしれない。



そして見事、大学3年の今年、最年少でパワーフォワード(バスケットのポジション)として、日本代表に選ばれた。 日本代表でのプレーでは20代後半のベテラン選手の中で一番年下の自分をカバーしてくれていることのありがたみを感じた。この経験を踏まえ、チームに戻ると自分が支える立場であることを再認識した。 そんな満原の変化をマネージャーの今村は、以前から満原は練習後のミーティング、チームのことを考えてその後のチームの空気がよくなろうが、悪くなろうと、チームの向上に向けて、絶対に思ったことを口にしていたが、その対応がより迅速で的確になっていると感じていた。

代表を経験して満原が感じた自分の強みはミドルシュート。オフェンスに対しては自分の今までの経験に自信がついた。 逆にディフェンスに対して課題を見つけたという。自分と同じくらい体格で、動きや力が自分よりある選手に対してのディフェンスを強化したいと感じた。

現在リーグ戦真っ只中の満原。長い試合期間、気を緩めずにチームで同じモチベーションで最後までやり抜きたいと語る。 満原は日々の練習においても、今やるべきことを1つずつ集中させみんなで1つずつクリアしていくことを意識している。 自分の将来については「人生の中でバスケットボールができる年数は限られている。だからこそ、やる限りは高みを目指していきたい。」力強くこう話した。

 

真摯なプレーヤー

小さい頃からとにかくバスケが好きで、一生懸命だった満原少年。尊敬していた選手はマイケルジョーダン。彼のチームのことを第一に考え、上手くても、一番に最初に体育館にきて練習していたという、常に努力し続けている姿に憧れた。 中学高校の厳しい練習や、大学時代の復帰まで半年間にわたる大きな怪我、どんな逆境に当たっても、いつまでも引きづらすに、目の前にある現実を素直に受け入れ、1歩ずつ前に進んでいった。

満原は陸川監督との出会いを、よりチームを考えるきっかけになったと語るが、中学時代の嬉しかった思い出に、個人で県代表に選ばれたことよりもチームで全国大会に出場したことを喜びに感じていた。また、高校時代の厳しい練習を乗り越えられた理由も同じ境遇の仲間がいたことを挙げた。 「ライバル選手はいない。」と、強気な発言が多い満原だが、一方で誰よりも「チームとして成り立つバスケの魅力」をわかっている選手のように感じた。

結果を出しても、自分を甘やかすことなく、冷静に自分を見つめなおし、常に与えられた環境や出会った人から次へのステップを見出し、着実に成長している満原選手。今後も多くの出会いとバスケへの真摯な気持ちで成長していく、期待の星と言えるだろう。

 

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